Radical Angler's Talk

連写

キャストして、ヒットしたらファイトして取り込んで、針をはずして、長さ計って、シーバスだったら重さ計って、写真を撮って、エノハだったらストマック調べて、蘇生作業してリリース・・・ってところが魚を釣ってリリースまでのMaxの作業。以前だとこれにタグを打つなんて作業も入ってたけど。

この一連の作業の中で二カ所ほど不満というか、うまくできないことがある。魚を愛でる余裕がないこと。落ち着いて写真が撮れないこと。

何でかというと「早くリリースしなくちゃ」と焦るから。

リリースなんてのはある意味偽善的行為ではある。暴行犯と殺人犯のどっちがましかというレベルの話。それでもやっぱり、同じリリースをするなら極力生存率を高くしたい。それには何はともあれ早く水に戻してあげることが一番だと思う。

普通場数を踏めばそれなりに落ち着いてできそうなものなのだが、なぜかいつも焦ってしまう。おかげで釣った魚の姿は数字や、フィルムや、メディアには残るけれども、僕の網膜にはちっとも残らない。家に帰って「あ~、こんな太った魚だったんだ・・・」とか(^^;;;

愛でるようないい魚は写真を撮りたい。でも、写真なんか撮ってたら愛でる余裕はない。挙げ句の果てには写真も焦ってるから手ぶれのオンパレードだったり・・・。

まずは記憶よりも記録ということでカメラを一眼レフにした。写りがどうのというよりも連写が効くから。同じ構図で10枚も連写すれば1枚くらいはぶれてない写真が撮れる(確率が高い)。おかげで写真のできはかなりよくなった。良いというか、ちゃんと撮れているというレベルの話だけど。これをいくつか構図を変えて撮る。1匹の写真で30~50枚ってところ。

しかし未だに魚を愛でる余裕はない。結局液晶画面に映る魚の姿が僕の魚の記憶。ふと気がつくととても寂しい。写真をあきらめれば? とかも思うけど、ここはどうしてもあきらめきれない。ロッドを通して伝わる魚の重みは確かなものだけれど、脳裏には例えば33cmとか、そんな数字しか残らない。これは寂しい。

できることならディスプレイの前ではなく、頭の中であの魚を思い出したい。思い出して、「イヒヒヒヒ」と思い出し笑いをしたい。

何とかならないものだろうか? もっともっと魚を釣って、練習して、慣れるしかないですかね?
by rionpapa | 2007-03-13 01:03 | 戯れ言