Radical Angler's Talk

Skill Up

最近魚をたくさん釣りたいという気持ちはあまりなくなってしまった。全く釣れないのは困るけど、逆にバカスカ釣れちゃうのも困りものだよなぁと。先日のカワハギ釣りはまさにそういう展開だった。そんなに釣果にこだわったわけでもなく、2/3の時間はいろいろ試していたんだけれども、それでも釣れ続け、あまりに釣れすぎて、もうクーラーもいっぱいになってしまって、釣ったそばから逃がすというのもはばかられ、結局終了せざるを得なかった。自分の中でのルールだけどね。もうちょっとこう、多少は苦労するような釣りが展開できないものかと。大分はカワハギ釣れすぎ。そういう意味では面白味に欠けるかなと。贅沢な悩みですが・・・。

でも、おかげでカワハギ釣りはずいぶんうまくなった。「ずぶのド素人」が「ずぶの」の「ず」くらいは取れたかなというレベルですが。たくさん釣りたいとは思わないが、釣りがうまくなりたいという熱意は全く色褪せない。

釣りがうまくなるためには、まずは釣りにとにかく出かけること、そして、たくさん魚を釣ること。結局経験値を稼ぐしかなんだよなぁと。シーバスがうまくなりたいのならば、実は釣れないシーバスフィッシングに通うよりも、メバルをたくさん釣った方がずっとうまくなるんじゃないか? 最近そんなことを考える。もちろん、釣れるシーバス釣りを数こなすのが一番なんですが、さすがにメバルみたいには釣れないよねぇ・・・。

多分、釣りは一生続けるだろう。身体的制約がない限り、つまり、たとえば死んでしまったり寝たきりにでもならない限り、きっと20年後の僕もどこかの水辺に竿を携えて立っているはずである。さて、これから僕は僕の釣りをどう展開していこうか? もちろんおもしろい釣り、おもしろそうな釣りをするのは当然だけど、多分釣りは、どれをやってもおもしろいのである。少なくとも僕にとっては。かといってすべての釣りを守備範囲にするのも無理な話だし、流れるままに楽しむのもありだが、なんかこう、自分の一生を見据えてこれから俺はどうしようかと、より楽しく、より深く、釣りを楽しむためには、何かこう「俺はこうしたい、こうなりたい。」というような意志のようなものも必要なのではないかと。これから先に積み重なっていくという足し算ではなく、あと残っている時間をどうして過ごすかという、引き算で考えているのである。どう転んでも解禁日の釣りをあと40回もやるのは無理だ。20回、せいぜいどうがんばっても30回。72歳まで現役だったら立派なモンだろう。毎月1回舟で沖釣りに出かけても30年でたったの360回。360回通ったらいっぱしの沖釣り師になれるだろうか? いや、狙う魚種が違う。カワハギを10月から12月までやったとしたらたったの90回しか行けないのである。30年かけて僕のシーバス3ヶ月分である(^^;

そんなことを考えていると、そりゃNZには行ってみたい、北海道も、アメリカもカナダもクリスマスも行ってみたいけど、できれば毎日でもできる釣りが良いなぁ。やっぱり一番大事なのは身近な、手軽な釣りだよなぁと。モイカだってシーズンに毎週行ったところでいいところ500回。シーバスだってあと10000回もできない。もっともっと釣りに行かなくちゃ、さて、これから僕は何をやろうか? と、そんなことを考える師走のある夜でした。
by rionpapa | 2005-12-08 23:18 | Salt